ネパールより10日目(仕事って何だ?)

2019年6月1日〜2019年6月25日までネパールを旅した記録です。

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仕事って何だ?

「おまえは何の仕事してるんだ?」

ネパール に来てから、一番多く聞かれる質問だ。

カーストによって職業が決まるこの国では、仕事で相手のカーストが大体わかる。

だから、初対面の人に職業を聞くのは挨拶に見せかけた「相手と自分の格付け」なのかもしれない。

ぼくは、職業を聞かれたら病院で働いていたと答える。ちなみに現在は無職真っ最中だ。

ホストファザーに病院で働いていたと言ったら、ネパール の病院を見せてやると言われた。

本当にこの国の人はノリがいいというかお節介というか・・・

正直、この旅が終わったあと医療職に戻る気は全くないけど、ここまで来たらビビっていてもしようがない。ホストファザーの提案に乗ることにした。

ホストファザーが運転するバイクの後ろに乗って、この村で一番の病院に来た。

日本の病院しか知らないぼくにとって、その光景はあまりにも衝撃的だった。

そこは、まるで野戦病院だった。いや、野戦病院なんて知らないんだけど、この国は戦争しているのだろうか?と勘違いしてしまうような光景だ。

日本の田舎のクリニックレベルの施設の中に、数十人以上のドクターと待合室に入りきらないほどの患者が廊下に溢れていた。

体調が悪いのだろうか、立っていられず床に寝ている人も数人や、廊下の片隅で患者が点滴を受けている人を横目に病院内に入っていった。

ぼくは、小学生になる前に伝染性単核症という病院になったことがある。

普通の人ならただの風邪で済んでしまうのだけれど、かなりこじらせて2ヶ月くらい民間病院に入院した後、大学病院に転院する騒ぎになったことがある。

もし、ぼくがネパール 人なら。
もし、ぼくがカーストの低い家庭に生まれていたら。

そう考えると悲しいというか寂しい気分になる。ぼくはきっと小学生になる前に死んでいただろう。

日本に生まれた自分が生まれた瞬間に、幸運のチケットをゲットしていた。
病気にかかても生きて、ネパールに来ることができたのは、生まれながれにしてゲットした幸運のチケットのおかげだ。

ドクターと話をする機会があった。

この時ばかりは、自分の拙い英語力を呪った。

こんなにも貴重な機会なのに、簡単な挨拶と、自分がネパールのこの状況にとても驚いているということしか伝えることがしかできなかった。

それでも最後にドクターに聞いた。

「ドクターの仕事は大変ですか?」

「ええ大変よ。プロフェッショナルワークですもの。」

この時のドクターの笑顔の曇りのなさは、あのナンをくれたあの少女と同じモノを感じた。

ぼくがこれまで、眉間にシワを寄せながら、上司の悪口を言いながらしていたあの仕事って何だったんだろう?

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