人生に必要なモノはあまりにも少ない

僕はいわゆるミニマリストっていう奴だ。

ミニマリストという言葉にこだわる気はないけれど、持ち物は一般社会人に比べれば極端に少なく、一つ一つのモノへのこだわりも強い。

おそらく一般的な生活を送っている人から見れば、ミニマリストに分類される。

今でこそ「ミニマリスト」という言葉は一般的になったけど、数年前はほとんどの人が「ミニマリスト」という言葉すら知らなかった。

そして、今では「ミニマリスト」と言うと「なにそれ意識高いww」と鼻で笑われる時代になった。

それでも、僕はモノを徹底的に減らし自分の持ち物を少なく小さく、そして軽くなるように意識してからはだいぶ生きやすくなった。

今回は、僕がミニマリストになった理由とミニマリズムの目標を書いていきます。

僕のミニマリスト遍歴

僕がミニマリストという言葉に出会ったのは、23歳の時。

社会人も2年目になり、お金の使い方も覚えたと勘違いしていた頃。

たまたま「ぼくたちに、もうモノはもう必要ない。」の著者である佐々木広典さんのインタビューをyoutubeでみたのがきっかけでした。

しかしその時は、変わった生き方があるなと思っただけで何も行動しなかった。

けれどその頃、モノに溢れた生活にどこか満たされなさを感じていた。

数台の家庭用ゲーム機に、自作PCにモニタは3台持っていたし、数回袖を通しただけの洋服に、ギターもベースもアンプ、本は買って満足して本棚に積んであった。

その頃の写真が一枚もないのは、きっと自分の生活が嫌いだったからだと思う。

そんな僕を一気にミニマリストに向かわせたのは自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと」という本だった。

著者の四角大輔さんは、ニュージーランドランドと東京の二拠点生活と、一年の半分を旅しながら生活しているナチュラリストだ。

自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと」を読んで思った。

僕もこんな風になりたい。

モノからも場所からも解放されて自由に生きて生きたい。

ミニマリズムの原体験

それから数年かけて、徐々にモノを減らして行った。

車も手放したし、ギターもベースも手放した。ゲームも一切しなくなった。

モノを手放して確かに身軽になることが出来たし、モノに執着しなくなった。
それでも、何か違った。体の中から湧き上がる幸福感みたいなモノが欲しかった。
つくづく僕は強欲だった。

そんな頃、それまでの仕事を辞めてネパールを1ヶ月かけて旅をした。

そこで出会った人たちは全身で幸せを感じているように見えた。毎日ダンスをして、歌を歌って、楽器を演奏してそれだけでとっても幸せそうだった。
彼らはテレビもスマホもきっとお金も持ってなかった。それでも彼らは全身で幸せを感じているように見えた。

少なくとも、日本ではそんな人に出会ったことがなかった。

もちろんネパールにもいろんな人がいる。自分のことを不幸だという人や、物乞いに、ストリートチルドレン。みんながみんなハッピーな雰囲気をまとっているわけではない。

ある日、ネパールで孤児院に訪れた。

トタンでツギハギして作られた古屋に12人の子供達がいた。

子供と歌ってダンスして走って、疲れて息が上がって地面に座り込んでいる時に子供たちがぼくに聞いた。

「Are you happy?」

「Yes I’m happy!」

自分でも驚くくらい、即答だった。

彼らは何も持ってなかった。明日着る服も明日食べるモノを買うお金もない。それでも幸せとは何かを知っているような気がした。

ミニマリストとしての目標

僕はモノを減らして、身軽になって結局はどうなりたいのだろうか?

ミニマリストとしての目標は「自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと」を初めて読んだ時から変わっていない。

モノにも場所にも縛られず、生きて生きたい。

そしてもっと軽く、自由に、世界を旅したい。

ネパールの孤児院で感じたあの感覚の答えはまだ出ない。

あの時の感覚の正体を見つけるために旅をしたいのかもしれない。

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